●明治
| 12年(1879年) | 初代堀田良助 名古屋で時計卸小売商を創業 |
| 28年(1895年) | 新築の店舗に時計塔を設置、話題を呼ぶ |
| 38年(1905年) | 二代目 良助 襲名 |
●大正
| 13年(1924年) | 三代目 良助 襲名 |
●昭和
| 3年(1928年) | 三代目 良助 業界を引退 六造が三代目を継承 |
| 11年(1936年) | 四代目 良平 家業を継承 |
| 13年(1938年) | 四代目 良平 応召のため休業 |
| 21年(1946年) | 四代目 良平 復員 |
| 22年(1947年) | 時計卸商 堀田良平商店として再発足 |
| 23年(1948年) | (株)堀田時計店に組織変更 |
| 24年(1949年) | 東京店を東京都台東区上野に移転 |
| 25年(1950年) | 貿易部新設、第1回年末謝恩大展示即売会開催 |
| 26年(1951年) | 本社を名古屋市中区錦に新築移転 |
| 27年(1952年) | スイス エレクション社と総代理店契約締結 |
| 28年(1953年) | スイス オーデマ・ピゲ社と日本代理店契約締結 |
| 30年(1955年) | 優良問屋として中小企業庁長官表彰受賞 |
| 32年(1957年) | 輸出用トラベルクロックを開発、当社の対米輸出の基盤確立 卸末広会発足(39年ホッタクラウン会と改称・49年2月解散) |
| 33年(1958年) | 全国主要得意先第1回店主経営ゼミナール開催 (44年ホッタミスター会と改称、54年解散) |
| 34年(1959年) | 本社業務を名古屋本社から東京店に移行 創業80周年記念祝賀式挙行 全国主要得意先第1回主婦ゼミナール開催 (42年ホッタミセス会と改称、56年解散) |
| 35年(1960年) | 明豊時計(株)を吸収合併 大阪店開設 |
| 37年(1962年) | 宝石部新設 戦後再建満15周年、創業83周年記念祝賀式挙行 |
| 38年(1963年) | スイス ビューシェ・ジロー社と日本総代理店契約締結 系列会社 パブリカ足立(株)設立 (44年トヨタカローラ足立(株)と社名変更 平成10年ホッタグループより分離) 第1回ホッタパーティ 欧州時計業界視察 |
| 39年(1964年) | 第2回ホッタパーティ 世界一周旅行実施 (54年、第25回を最後に中止) 大阪店を南船場に新築移転 |
| 44年(1969年) | 創業90周年記念祝賀式挙行 |
| 46年(1971年) | 東京ホッタビルを東京都台東区に竣工 |
| 52年(1977年) | ジュエリー現金卸部門ジョエル東京開設(平成18年閉鎖) 戦後再建満30周年記念祝賀式挙行 |
| 54年(1979年) | 創業100周年記念式典挙行 |
| 56年(1981年) | 系列会社ホッタ・ゼイルコーポレーション(現(株)ポンテヴェキオホッタ)を 米国ゼイル社と合弁で設立(61年合弁解消) |
| 60年(1985年) | (株)堀田時計店から(株)ホッタに社名変更 |
| 62年(1987年) | (株)ホッタを4社に分社化 (株)ホッタタイム、(株)ホッタ宝飾 (株)ホッタインターナショナルを設立 堀田邦彦が五代目継承 4社の社長に就任 (株)ホッタ・ゼイルコーポレーションを(株)ポンテヴェキオ ホッタに社名変更(平成11年分離独立) |
●平成
| 元年(1989年) | 系列会社(株)ポンテヴェキオホッタの社長に堀田幸夫就任 トヨタカローラ足立(株)の社長に堀田幸夫就任 ホッタ創業110年記念として本社ビルに「コスミックベル」設置 |
| 2年(1990年) | ホッタの戦後史「ホッタ小史」発刊 |
| 6年(1994年) | 創業115年を記念して第1回ホッタ共創ミーティングを実施 名古屋店跡地に駐車場「アイビーパーキング」を開設 |
| 7年(1995年) | (株)ジャパンワールドワイド分社新発足(平成9年12月解散) 名古屋にブライダル専門店「アンジュベェルビー」1号店オープン |
| 8年(1996年) | エコ・ライフ(株)設立(平成14年12月清算) ホッタ物流サービス(株)設立 |
| 9年(1997年) | 大阪にブライダル専門店「アンジュベェルビー」2号店オープン |
| 10年(1998年) | 南青山に「リストランテ カ・アンジェリ」をオープン(平成20年閉店) 東京本社ビルの屋上を緑化、電光時計設置 |
| 11年(1999年) | ホッタ物流サービス(株)を(株)ホッタシステムサービスに社名変更 イタリアのピエログイディ社と合弁でピエログイディジャパン(株)設立 (平成15年分離独立) |
| 12年(2000年) | 銀座に「アンジュベェルビー」3号店オープン(平成19年移転のため閉店) |
| 13年(2001年) | ホッタタイムをホッタグループより分離独立 ホッタ宝飾、ホッタインターナショナルを吸収合併 |
| 14年(2002年) | ロレックス正規品専門店「レキシア銀座」を東京銀座にオープン 「アンジュベェルビー」2号店を大阪南船場に移転(平成20年閉店) |
| 15年(2003年) | ドイツ ハンハルト社と日本総代理店契約締結(平成22、DKSHジャパンに移管) スイス フォルティス社と日本総代理店契約締結 |
| 16年(2004年) | 堀田邦彦 会長に就任 六代目 堀田峰明 社長就任 輸入マリッジリング「ユーロウエディングバンド」を販売開始 創業125周年感謝の集い挙行 於ホテルニューオータニ 時計のアフターサービス業務に特化した(株)ラボランテを設立 |
| 17年(2005年) | 堀田邦彦 相談役に就任 「レキシア銀座 栄ラシック店」を名古屋市中区栄にオープン 「レキシア銀座 花椿通り店」を銀座並木通りに移転し 「レキシア銀座 並木通り本店」として拡大オープン 銀座に高級時計専門店「堀田時計店」をオープン(平成19年閉店) 「レキシア銀座 心斎橋店」を大阪市中央区南船場にオープン |
| 18年(2006年) | 輸入時計総代理店機能を分離、直輸入時計のブランドマネージメントを専任で行う潟zッタインターナショナルを設立 「レキシア銀座 博多リバレイン店」を福岡市イニミニマニモ2Fにオープン(平成21年閉店) |
| 19年(2007年) | 本社を東京都中央区銀座に移転 名古屋営業所を中区錦3丁目に移転 「アンジュベェルビー」名古屋店をリニューアルオープン(平成20年閉店) 時計のアフターサービス事業を(株)ラボランテより移管 銀座にドイツリング専門店「ヘルディンヘルト」をオープン 潟zッタ インターナショナル、スイス・バルマン社と日本総代理店契約締結 |
| 20年(2008年) | 潟zッタ インターナショナル、スイス・ハイゼック社と日本総代理店契約締結 名古屋営業所を中区錦3丁目内の桜通大津第一生命ビルに移転 |
| 21年(2009年) | 創業130周年記念行事として、岐阜県白河町での森林整備活動(植樹・伐採)に参加 潟zッタ インターナショナル、潟zッタのサービス部門と統合し、事務所が手狭になったことから中央区銀座7-17-5 日本生命木挽町ビル6Fに移転 潟zッタ インターナショナル、ドイツ・ジン スペツィアルウーレン社とSINNブランドの日本における総代理店契約締結 |
明治期名古屋鉄砲町時代
金守先生自画自刻版画
空からチラシ散布
宣伝用の象のパレード
東京支店開設スナップ

ロレックス創立者ウィルスドルフ氏と四代目良平社長
創業100周年記念式典
「カ・アンジェリ」
南青山にオープン
ロレックス正規品専門店
「レキシア銀座」オープン
創業125周年感謝の集い
名古屋にレキシア銀座
栄ラシック店オープン
レキシア銀座並木通り
本店として拡大オープン
大阪にレキシア銀座
心斎橋店オープン
福岡にレキシア銀座
博多リバレイン店オープン

ドイツリング専門店
「ヘルディンヘルト」
銀座・並木通りにオープン